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大変ご無沙汰しておりますトレイルランナー石川弘樹です。
半年ぶりのBlog更新となりまして
これまでも閲覧していただいておりました皆さまに深くお詫び申し上げます。

2011年が終わろうとしております。。

今年は、3月に東北地方を中心に大きな震災が襲い、本当に多くの尊い命が奪われました。亡くなられた方々とご遺族の皆様に謹んで御冥福をお祈りいたします。震災後9ヶ月経った今もなお大き過ぎた震災の影響で不憫な生活を余儀なくされている方々にお見舞い申し上げます。

私のこの一年振り返りまして
これまでにない山あり谷ありの一年間でありました。

春先より夏過ぎまで体調を崩してしまいました際には
多くの皆さまへご心配と大変なご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

体調が回復し、動き始めた時の体の状態は
ランニング人生のなかでも、これまでの人生のなかでも
これほどまでに自分の体が、本当に自分の体なのかと疑うほどの状態でした。
5kmを走るのに1時間がかかり、最後は歩いていました。
その1時間の後半はすでに筋肉痛が出てきていました。酷いものです。
これが100マイルを走り続けたランナーの体なのかとすべてを疑うものでした。
しかし、こうなってしまったのはすべて自分の責任で自分に起きている事実なんだと
自分に言い聞かせ、翌日から他人とも思える体とのリハビリ・トレーニングを開始しました。
まずは1カ月とにかく歩いてるか走ってるのかわからないJogのJOgというような速度でも
ゆっくり長く走ることを心がけ、筋力トレーニングも並行して行いました。
パフォーマンスのマイナスとなった状況をしっかりと受け止め、昨日より今日が少しでも長く、極わずかでも速く走れることが、この上なく嬉しいものでした。
ある時は、母親の実家のある山形県酒田にしばらく療養していたこともございました。
毎日庄内平野の田んぼの中を延々と歩き、山並みを遠目に眺め、
回復したらあの山に行こうと誓い、願う日々を過ごしました。
そしてそこから帰るというまでの数日間、その山々に向かいました、
トレイルに入るのは数カ月ぶりのことでした。
向かったのはまずは鳥海山、そして出羽三山と言われる、月山、羽黒山、湯殿山。このすべてを歩き、時に走りました。この時は、当然ながら誰とも、何とも競い合うこと、追われること、義務的なものもなく、ただひたすら、心が気持ちが求めるままに足を進め、自然の美しさ、気持ち良さ、ありがたさ、自然が与えてくれる力のようなものを感じ、自分が今そこにいられることの多くのことへの感謝の気持ちでいっぱいでした。やはり自分はどんなことがあっても山が好き、自然に魅かれる、トレイルランニングに魅せられていると心から感じるものでした。再起へ向け多くのことを充電できる日々でした。
約2カ月、スローなラン、軽負荷なウェイトトレーニングでしたが、休むことなく続け、心身ともに動ける体となってまた自分のフィールドへと戻りました。
9月中旬、そこから信越五岳、仙台泉が岳、斑尾高原と3週連続でレースプロデュースをさせていただき、多くの皆様とも再会することができました。
その際、皆様からかけられる言葉の一つ一つが身にしみて自分のフィールド、置かれている自分の環境にありがたさを感じ、戻らせていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいでした。
皆様に御礼を申し上げます。

そしてトレーニングは怒涛のレース運営の合間にも当然ながら続け、強度も上げつつ、様子をうかがい、
自分を確認するべく、10月の下旬にはスペインでのレースに参加していました。その後は通常のイベント等も行うことができました。
現在は、トレーニング、レース中の怪我により、少々レベルを下げたトレーニングにて回復を図っておりますが、いたって順調、次へ向けて只今準備中であります。

このようなご報告は回復後すぐにお伝えるべき内容でしたがこんな時期となってしまったこと
お詫び申し上げます。。

多くの皆様には大変ご迷惑をおかけしたうえでも
多くの笑顔、励ましのメッセージをいただき、私を応援をしていただいていること、大変感謝いたします。


2011年も本当にありがとうございました。


                                 Trail Runner
                                   石川弘樹












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石川弘樹 Hiroki ISHIKAWA

幼少よりサッカーを始め、高校ではインターハイを経験する。大学在学中に世界最高峰アドベンチャーレース “Raid Gauloises”(レイドゴロワーズ)を知り、自分に何か奮い立たせるものを感じ、挑戦を決意する。
1999年からアスリートとしての道を選び、世界中の難関レースに挑戦。2001年よりトレイルランナーとして北米を中心に活動し国内をはじめ、海外へのレース、遠征を続けている。アメリカにてThe Rocky Mountain Slam及びGland Slam of Ultra Runningを日本人初獲得。シリーズ戦なども初。02,03年日本山岳耐久レース2連覇。2010年は主にスイスをメインとしたヨーロッパでのレースを中心に活動。日本国内でのトレイルランニング普及活動の一環としてのレースプロデュースは北は仙台、南は北九州まで5大会に及ぶ。今年の国内普及イベント、セミナー等はよりコアにローカルなトレイルにて全国をまわる。趣味は波乗り、レースの合間、冬場を中心に鎌倉の海に入水。そして音楽鑑賞、大学時代にはまったレゲエのレコード収集は今も健在。鎌倉に住み、自宅付近はトレイルのジャンクションになっていてあらゆる方向に走りだせる環境でトレーニング及び様々な活動、生活を行っている。
(株)TRAIL WORKS 代表

2008年11月までのブログはこちら
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